2016_08
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(Mon)22:30

【雑記】お伊勢さん おかげ横丁猫めぐり

お伊勢さんに参拝した後のもっとも大きな楽しみは、おはらい町やおかげ横丁を散策して、美味しいものを食べ歩いたり、地元の珍しいお土産などを探したりすることです。実はこれが楽しみで行くという人も少なくないはず( *´艸`)

切妻・入母屋・妻入の木造建築で統一されたおはらい町は、歩くだけでも楽しく活気に溢れていますが、おはらい町通りに面して作られたおかげ横丁は、猫好きには楽しいスポットになっております(=´∇`=)
町の至る所に、造形作家のもりわじんさんによる猫たちが潜んでいるからです。

招き猫を中心とした猫グッズを販売している吉兆招福亭さんの前には、猫たちの案内板が建てられていますが、散策していて偶然出会うのもちょっとうれしいものです。

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こちらの石で作られた招き猫さんは、以前は写真のように町中で見かけていたのですが、最近はおかげ横丁の入り口にデンッと鎮座して、旅人たちをおかげ横丁へと招き入れているようです。

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地元民のお話によると、ある夜、トコトコと歩いて行って、正面入り口前に座ってしまったのだそうです( ̄▽ ̄)

楽しそうに踊っているこちらの猫は、手延べそうめんと三重の地酒が楽しめるお食事処「浪曲茶屋」さんの前にいます。

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「浪曲茶屋」の店内にも、囲炉裏の番をしている猫ちゃんがいました。
五彩そうめん(穴子寿司付き)も美味♪

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お店の前で踊っている猫ちゃんは、踊り疲れたのか別の場所で気持ちよさそうに大の字になって寝ていました。

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それにしてもご立派なお腹(ノ´∀`*)

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他にも、粋に煙管をふかしている猫ちゃんだとか、

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また、こんなところに隠れている猫ちゃんもいるので、あちこち探しまわってみるのもきっと楽しいと思います(*´▽`*)

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たまに本物の猫ちゃんに出くわすこともありますしね♪

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おかげ横丁では、毎年9月に「来る福招き猫まつり」を開催していますが、今年は9月17日(土)~9月29日(木)の日程になっています。たくさんの猫好きが集う招き猫祭り。お伊勢さん参りに行こうかな?と考えている方は、9月のこの期間が特にオススメです(=´∇`=)

  公式HP → 第22回 来る福招き猫まつり(9/17~9/29)


<関連リンク>
伊勢内宮前 おかげ横丁 公式HP
浪曲茶屋さんHP
もりわじん Website


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2016_07
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(Mon)22:30

【雑記】お伊勢さん 五十鈴川と宇治橋

三重県伊勢市の五十鈴川は、神路山、島路山を源流として伊勢神宮、内宮にある御手洗場の上流で合流して内宮を流れ、さらに伊勢湾にまで続く、全長およそ20キロの一級河川です。内宮への入り口となる宇治橋の上から、その美しい清流を臨むことができます。

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第11代垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)が御裳のすその汚れをすすいだという伝説から、御裳裾川(みもすそがわ)とも呼ばれています。倭姫命は今から2千年以上前に、伊勢の地に天照大神を祀ったとされています。

内宮の一の鳥居を過ぎて右手方向に降りていくと、通常の手水舎とは別に、石畳を敷き詰めた五十鈴川の御手洗場になっていて、こちらでも手水舎と同様にお清めができます。

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和猫は、お天気が良ければ御手洗場に立ち寄ることにしています。透き通った水がキラキラと輝きながら穏やかに流れていく様を眺めているだけでも、なんとなく清々しい気持ちになるのです。

水のせせらぎの音を子守歌にして、そのまま寝てしまいそうになるほど心地良いです(;´∀`)

ちなみに、五十鈴川には硬貨を投げ入れないように注意書きがされていますが、川底を眺めると、いくつもの硬貨が散見されます。しかしいつの時代も人のやることは同じ? 江戸時代の参拝者が宇治橋の上から銭を投げ入れる様子が「伊勢参宮名所図会」に描かれています。

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(画像出典 せんぐう館 平成26年度企画展 伊勢への信仰 次の20年へ 展示の手引き

この絵の面白いところは、橋の下、川の中に網を持った人たちが数人いて、参拝者が投げ入れる銭を網で捕獲しているところです。子供の姿も見えますね。

「特集 宇治橋ものがたり」には下記のように書かれていました

 宇治橋は、かつては聖と俗を分離する境界であった五十鈴川を、大衆を神へ近づける川へと変えました。私幣禁断の古代的な崇敬から、より親しまれる中世的な崇敬対象へと、神宮を変容されたと言えるかも知れません。「おかげ参り」に象徴される近世以降の膨大な参詣者はみな、宇治橋を渡ってきたのですから。

ところで、神前に詣でるには、まず心身を清めてからというのが正しい作法です。現在は、手水舎で両手や口を漱いでから参道を進みますが、本来なら五十鈴川で垢離(こり)をとり、全身を清めてから参拝したいもの。

そこで、江戸時代から明治中期にかけて登場したのが、代垢離(だいごり)という商売です。

宇治橋の下で網を受け、参拝者からお金を投げて貰い、代わりに垢離をとるもので、「伊勢乞食」というありがたくない呼称の由来とも言われます。

小さく、水没してしまう硬貨は、やがて色つきの木の玉となり、参拝者は鳥居前の店で玉を求め、網受けさんは玉をそこで換金するシステムが出来上がりました。『伊勢参宮名所図絵』や明治中期の写真には、五十鈴川につかって網受けする人々の姿が写っています。

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五十鈴川の下手より網受けをする人々。参詣人が宇治橋の上から投げる彩色された木製の玉を受け、玉を売った店で換金した。明治を迎えて廃止されたが、中期には復活し、20年間ほど続いた。

特集 宇治橋ものがたり」 より 


明治中期にまであった網受けですが、宇治橋でそのようなことが行われていたなんて全く知りませんでした。
現在では考えられないお話ですね( *´艸`)

お江戸の人々のお伊勢参りについては、また別の記事で記したいと思います。