2017_01
16
(Mon)16:30

【雑記】この世界の片隅に

先週末、久しぶりに映画を観に行ってきました。
以前は映画館で映画を観るのが大好きだったので、時間さえあれば何かしら観に出掛けていましたが、
最近は年に1、2度出掛ければいいほうで、
今どんな映画が上映されているのかすらほとんど把握しておりません(;´∀`)

そんな中、昨年末からずっと観てみたいと思っていた映画が「この世界の片隅に」です。
しかもアニメーションです。

きっかけは某歴史研究家さんのTwitter。
一次資料に基づく当時の普通の人々の暮らしぶり、舞台となった広島県呉市の街並みが
緻密に描かれていてとにかく素晴らしいと、歴史研究家の視点で大絶賛していました。

和猫は歴史が好きですが、歴史の話を聞いたり読んだりする時に、
時代を動かした表舞台に登場する偉人たちや重大事件よりも、
そんな時にもご飯を食べて、働いて、遊んで、泣いて、笑っていたであろう
「普通の人々」の暮らしにこそ、むしろ興味があります。

表には出てこないけれど、いつの時代にも大多数を占める「普通の人々」が
どんなものを食べて、どんな暮らしをして、どんなことを考えていたのか。
そんな数えきれないほど大勢の普通の人々が暮らしを繋いできた先に、今の和猫たちがいるのです。

映画「この世界の片隅に」にはそんな市井の人々の生きた暮らしが緻密に再現されているなら
ぜひとも観たいというのが、もともとのきっかけでした。

年末はなかなか時間が取れなくて行くことができませんでしたが、
公開当初よりも、思っていた以上の反響があり、上映される映画館も徐々に増えていき、
各メディアにも取り上げられ、いつの間にやらキネマ旬報で日本映画の作品賞1位を獲得してしまいました。

アニメが作品賞を獲得するのは1988年の「となりのトトロ」以来2度目の快挙なのだそうで、
本日発表された日本アカデミー賞の「優秀アニメーション作品賞」にも選出されましたね。

メディアに取り上げられたということと、キネマ旬報で作品賞1位ということもあって
和猫が観に行ったときには映画館は満席で、立ち見の方もいらっしゃいました。

物語は、昭和18年から昭和21年の広島県呉市が舞台。
絵を描くのが好きで、ちょっとのんびりとした性格の女性、すずさんが18歳で結婚して成長していくお話。
簡単に言えば、どこにでもいるひとりの女性の成長物語です。
ただ、すずさんの日常が戦時下だった。それだけです。

それだけなのに、心に大きな塊のようなものがズシン!と落ちてきて、
どうにも表現しようのないほどの「何か」を感じる凄い映画でした。

戦争映画と言われたらそうかも知れないけれど、でもただの戦争映画でもない。
制作側のヒステリックな押しつけがましさもなく、
「だから戦争は止めましょう!」というステレオタイプな映画でもなく、
誰が悪いとか、どちらが悪いとか、そういう話でもなく、またイデオロギーの話でもありません。

「戦時下の日常」を主人公のすずさんの視点で淡々と描いているに過ぎないのです。

しかしだからこそ、「誰にでもある話」として一般の人々の心にすっと入り込み、
まるで自分のことのように置き換えることが出来て、よりリアリティが増すのではないかと思いました。

実写でもアニメでも、こんな映画を観たのは初めてです。

また資料的価値も素晴らしかったです。
ほんの数秒のコマのためだけに、妥協することなく詳細に調査して作品を創り上げており、
まるでその時代の人が本当に今、そこに生きて、生活しているかのような錯覚を覚えるほどです。
和猫は特に鉄道の描写に感動しました。

(参考 → 鉄オタを魅了する「この世界の片隅に」

原作は「夕凪の街 桜の国」でも知られているこうの史代さんの漫画で、
2011年には北川景子さん主演でドラマにもなりました。(和猫は観ていませんが…)
原作も読んでいませんが、時間的な問題などで大事なエピソードがひとつ端折られている以外は
ほとんど原作に忠実に描かれているようです。

主人公すずさんの声を担当したのは「あまちゃん」でお馴染みの、のんさんでしたが
のんさんの声がまたすずさんにぴったりで素晴らしかったです。
「この世界の片隅に」はイギリス、メキシコ、フランス、ドイツ、アメリカなど海外での上映も決定しているそうですが
もし吹き替えになったら、あののんさんの声の魅力が失われないかと心配になるほど良かったです。

海外ではどう受け止められるかわかりませんが、
国や人種、性別、年齢などに関係なく、
「この世界の片隅」にいるすべての人々に通じる普遍的なテーマだと和猫は思うので
日本のみならず、世界中の多くの人に観てもらいたい映画です。

タイプ的にはフランスが好みそうな作品(ノ´∀`*)
昨年のアヌシー国際アニメーション映画祭で公開されたPVも好評だったみたいだし。

しかし出来れば来年、
アメリカのアカデミー賞、長編アニメ部門でオスカーを獲ってくれたらいいのにと思います。
「And the Oscar Goes To...」の後に「In This Corner of the World!」と続いたら最高だなー。

In This Corner of the World Trailer


In This Corner of the World Official [Subtitled] Trailer



ただ泣くだけの映画では無い。
この愛おしい普通の暮らしを生きながら、歴史を紡ぐこれからの人々のための物語です。

こんな映画が見たかった。

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2016_12
28
(Wed)15:00

【雑記】真田信繁と浅田真央

今年のNHK大河ドラマは、一般に“幸村”の名で知られる武将、真田信繁を主人公とした「真田丸」が大人気を博しました。
三谷幸喜氏による精巧に練られた脚本を基盤として、俳優、各スタッフ、時代考証を担当された先生方、そして視聴者にこれほどまでに大切にされた大河は無かったのではないかと思うほど多くの人に支持され、当時の人々の生き様と家族の絆を丁寧に描き切った良質のドラマでした。

ドラマ「真田丸」では、近年の研究で明らかになった新事実などもどんどん反映されていたために、無知な私の知的好奇心が大いに刺激され、その点も最後まで飽きることなく見続けることが出来た要因でもあります。これは時代考証の先生方の貢献と、ドラマとしての面白さを損なわない程度に史実を重視してくれた三谷氏のおかげです。ありがとうございます。

さて、以前、拙ブログ「【雑記】九度山」の記事で「真田丸」を取り上げた時に、「真田信繁とは不思議な人物だ。なぜこのように人気があるのだろうか」と書きました。

考えてみると、真田信繁が人生のうちで活躍したのは亡くなるまでのおよそ半年ほどのことです。
それまでは、秀吉の馬廻りを務めるなど優秀な人材ではありましたが、どちらかというとごく普通の、堺雅人さんの言葉を借りれば「公務員」のような実務者でした。普段の信繁は「柔和で辛抱強く、物静かで怒る様なことは無い」温和な性格であったことを、兄の信之は記しています。また、特に歴史を変えるような大きなことを成し遂げたわけでもありません。

それなのにいつからか“真田幸村”と名を変えて、後世にまで語り継がれる大人気の武将となった信繁。
なぜなのだろう?何が人々の心を掴むのだろう?とずっと考えていましたが、先日開催された全日本フィギュアスケート選手権における浅田真央選手の演技を観て、ようやく答えを見つけた気がします。

それは「信念を貫く姿」です。

実際のところ、真田信繁がどのような人物だったのかは、残された古文書などを紐解いた研究家の方々の書籍などでしかわからないし、それでもすべてを知るには限界があります。以下は私の想像、あるいは私の脳内で理想化された妄想も多分に含まれてしまいますが、真田信繁は信念を貫いた人物だったのではないだろうか。

大阪冬の陣で、かの有名な出城“真田丸”を築き、徳川軍を撤退させた信繁でしたが、その後の和平交渉の結果、大阪城の外堀、二ノ丸、三ノ丸、そして真田丸も徹底的に破壊され、もはや戦う術を失ったも同然の事態となりました。「戦えぬ我らに、家康が約定を守るとお思いか!」と、ドラマの中の信繁は悲痛な叫びをあげます。

ほどなく戦国時代最後の戦いとなる大坂夏の陣が勃発。

徳川軍と戦うには明らかに不利な状況であり、歴史の結末を知る現代の私たちから見れば、無謀にしか見えない戦いに挑むことになった信繁ですが、家康による、寝返ったら信濃国を一国与えるという調略にも揺らぐことなく、徳川軍にはるかに劣る軍勢で果敢に攻め続け、本陣に斬り込み、三方ヶ原の戦い以来、家康の馬印を倒すところまで迫る活躍を見せ、「日本一の兵」と称賛されます。

sanada.png
NHK大河ドラマ「真田丸」公式HPより
http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/special/subject/subject56.html#mainContents


最後まで諦めることなく、恩顧のある豊臣方に忠誠を尽くし、己の信念を貫き通した信繁。負けることは覚悟の上だったかも知れないし、「私のことなどは浮世にあるものと思わないでください」と、死を予感させる信繁の心情が現れた書簡も残っています。しかし心のどこかで最後まで諦めることは無かったのではないだろうか。「望みを捨てなかった者にのみ、道は開ける」と。

ドラマ「真田丸」の中で、やがて死を迎える信繁は、微笑みながらそっと目を閉じます。

それはやりきった者、望みを捨てなかった者、最後まで信念を貫き通した者にしか得ることの出来ない、万感の想いに溢れる微笑みでした。そこには戦いに敗れて死を迎える者の悲愴感など無い。

人は理想や信念を持つことは容易でも、己を曲げずに信念を貫き通すことは非常に困難で、誰にでも出来ることではありません。それが出来る人はほんの一握り。私たちはその一握りの選ばれし人が心から羨ましくもあり、また、その強さや勇気に憧れ、心を動かされ、羨望の眼差しでみつめる。

人々の理想を体現する形となった信繁は、多少の脚色を加えられながらも語り継がれ、400年以上の時を経ても変わらず愛される存在となったのです。




これまでのスケート人生の中で、浅田真央は幾度となく大きな壁に挑む姿を私たちに見せてくれました。しかし全日本選手権での「信念を貫く姿」はこれまでの比ではないくらい、力強く、勇気に満ちて、そして輝いていました。

浅田真央ほどの実力のある選手であれば、3Aを外して多少ジャンプの難度を落とし、プログラムの完成度を重視すれば十分に勝算はあります。でも、それで良しとしない。難度を落として戦って勝ったところで、心からの満足感を得られないことを、真のアスリートである浅田は知っている。

若手の選手がどんどん力を付け上位に食い込んでくる中で、左膝の慢性的な痛みにより以前の6割ほどの練習しか出来ない。試合でジャンプを決められない。どんなにかもどかしい思いを重ねてきたことだろう。1度は心が折れて涙する姿も見せました。

それでも浅田真央は諦めない。自分の目指すフィギュアスケートを実現するために。

五輪銀メダリストで3度も世界女王に輝いたレジェンドが、そのプライドをあっさりと捨て去って、一から立ち上がる姿、理想をひたすら追求して果敢に挑む勇気、信念を貫き通すという強い覚悟に、人々は心を奪われる。例え失敗したとしても、挑戦を止めない浅田真央は、直視できないほどに美しく眩しい。

ZENMA00.png
【全日本フィギュア・女子フリー】女子フリーで演技する浅田真央
大阪・東和薬品ラクタブドームで2016年12月25日、山崎一輝撮影 (毎日新聞)

http://mainichi.jp/graphs/20161225/hpj/00m/050/002000g/3


その挑戦に対して無謀だとか、現役を引退するべきだと揶揄して貶める権利のある者はこの世界にひとりも存在しない。
無謀?それがどうした。浅田はもはや、そのような段階で語れるところには留まっていない。まさに野卑の極みです。

周囲がどう貶めようとも、面白おかしく下世話に取り上げようとも、それでも浅田は真っ直ぐに前を向いて事もなげに呟く。「自分がやりたいと思ったから戻ってきた。だから、続ける」と。誰も真似をすることが出来ない、それが浅田真央の生き方なのです。

「人の真の値打ちというものは己が決めるものではない。時が決める。大事なのはいかに生きたかである。」とは、ドラマ「真田丸」の中の高梨内記の言葉ですが、浅田真央という存在もまた、いずれ「時」が認める伝説となり、世代を超えて語り継がれ、敬愛するアスリートとしてその名を刻むでしょう。

やがて“フィギュアスケーターとしての浅田真央”も終焉を迎える時が訪れます。

その瞬間が、浅田の望む最高の舞台の、最高の場所であればこんなに嬉しいことはないけれど、未来のことは誰もわからないし保証もない。でも“もしも”などとは考えない。過去を振り向きもしない。たどり着く場所はただ一つ。

持てるものをすべて出し切って、最後までやりきったという充足感に満ちた、穏やかな顔で、微笑みながら静かに目を閉じる浅田真央が観られることを、私は心から信じています。その姿を観たいからこそ、転んでも、何度も何度も立ち上がる浅田を見守り続けてきました。


来年もまた、見守り続けて行ける幸せに感謝しながら。

2016年もこの拙いブログにお付き合いいただきありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。


良いお年をお迎えください。


2016_08
17
(Wed)17:10

【雑記】夏休みが終わりました

「THE ICE2016」の北九州公演が無事に終了しましたが、
和猫の夏休みも終わってしまいました(;´∀`)

この夏は、3年ほど前からでっかい木製の猫の貯金箱に地道に貯めていた500円玉貯金がいっぱいになったので、思い切って北海道6泊7日の旅に出掛けてきました。

500円玉貯金ってすごいです。
財布に500円玉を見つけたら貯金箱に入れるという、そんな何気ない行動も、3年も続けばけっこうな金額になりました(´∀`)
「石の上にも三年」とか「塵も積もれば山となる」とかよく言ったものです。
気が付いてみると、関西から往復の旅費と旅先の宿泊代がほぼ500円貯金で賄えるほどになりました!
継続は力なり(ノ´∀`*)

そんなわけで、釧路 → 札幌 → 函館と北海道を横断?!してきましたヽ(^◇^*)/

1日目には釧路に到着しましたが、このあっつーーーーくて、じめーーーーっとした関西の気怠さが嘘のようにカラッとしていて、おまけに気温が30度以下! ここは天国に違いないと、まず思いました。夕方には22度くらいになって、夜には20度を切る涼しさです。地元の方は25度を超えると暑いと感じるそうですが、今こうやって関西に戻ってみると、あの涼しさがすでに懐かしく思い出されます(^^;

札幌や函館はさすがに日中は30度くらいの気温はありましたが、それでも関西と比較すると涼しいです。今朝の和猫家は、部屋の窓を締めきっていたら、早朝から30度超えでしたから(;´∀`)

和猫が北海道で巡ってきた主なスポットは~

 ・釧路市丹頂鶴自然公園
 ・摩周湖
 ・屈斜路湖
 ・阿寒湖
 ・硫黄山
 ・小樽
 ・札幌競馬場
 ・北海道開拓の村
 ・函館山
 ・函館 八幡坂
 ・五稜郭

など、北海道観光のメジャーどころです。(ひとつ何か違うところが混ざっているような気が?!)
お写真もたくさん撮ってきたので、またぼちぼち【雑記】の記事で掲載出来ればいいなと思います(*´▽`*)

和猫が北海道にいた間は幸いお天気に恵まれて、気持ちよく過ごすことが出来ましたが、東北地方太平洋沿岸を北上している台風7号が北海道に近付いていますね。もし上陸すれば9年ぶりだとか。すでに大雨の降っている地域もあるようですし、大きな被害が出なければいいなと願うばかりです。


こちらは函館市、八幡坂の夜景。
地元のタクシー屋さんが次々とたくさんの観光客を乗せてやってくるので、なかなか人が映らない状況での撮影は無理でしたが、手持ちの望遠レンズを使ってみたら、けっこう綺麗に撮れました♪

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